永遠の人

透き通った海、青い空、真っ白な砂浜はまるで雪のようだった。
夢を見ていた。真っ青な空と澄んだ海、白い砂浜は自分の産まれ故郷まさにそれであった。なんて心地の良い夢だろうと呟く、自分は夢の中でこの懐かしい場所へと還って来た。空を仰ぎ、さくりと白い砂浜を踏みしめるとそれは現実のものではない筈なのに燃えるような熱を帯びている感覚に戸惑ってしまう。
これは夢だ、なのにあの南の島へ本当に還って来たような錯覚に囚われる。しかしそんな筈はないのだ、自分はリキッドへ赤の番人の座を譲り渡し再び南の島とはほど遠いこの場所へと戻って来た。
(ああ、でも・・・)
懐かしい・・・。大切な人の傍に居たいからとここへ戻って来たのにまた南の島へと還りたいと想い、それを願う自分もいる。自分は人ではない、作り出された身の上でなんという浅はかで贅沢な我が儘を言っているんだろう。考えに耽りながら夢の中で目を閉じれば、砂浜の焼けるような熱が足元から頭上までふつふつと煮えるように上って来る。このままこの熱で焼け死んでも構わないかもしれない。そう思った直後に聞き慣れた声で自分の名前を呼ばれ、身体を揺すり動かされる感覚に現実へと引き戻されていった。



目を覚ますと、まず最初に目に飛び込んで来たのは作り物の光を放っている蛍光灯、無機質な天井に白く塗られた壁、そして白衣の裾が視界の端をちらりと横切った。まだ寝ぼけ眼な目を手の甲で軽く擦りソファに仰向けのまま白衣の裾から上を追うように見上げればそこには旧友の姿があった。
「おはよう、高松」
寝転んだまま右手を軽く上げてひらりと振れば、高松は片眉を上げて溜息を吐いた。
「あんた何をしてるんですか。ここは研究室ですよ、本気で寝るんだったら自分の部屋に帰ったらどうですか」
高松は呆れたような声を出すと人差し指で軽く俺の額を小突く。小突かれた俺はというと、まだ微妙に頭が冴えきらないまま相手を見上げる。そして今が何十年か振りの再会でも無いのにしげしげと相手の姿を眺めていた。士官学校時代は髪が短かったなとかタレ目は相変わらずだとかでもやっぱりちょっと更けたよなとか、今更な事を発見しては何だか落ち込んでいる自分も居る。
「おはよう」と挨拶しただけで黙りこくってしまった俺に高松が訝しげな表情で軽く首を傾げている。
「ジャン?どうしました、具合でも悪いんですか?」
「馬鹿、俺は普通の人間とは創りが違うんだから・・・」
自分で言った事に落ち込んでしまった。言葉の途中でまた黙ってしまった俺に高松は益々不思議そうに首を傾いでいる。
そうだ俺は普通の人間じゃないんだ、永遠に歳を取らない、皆と一緒の時間は歩けない。解っていた事なのに、それを承知の上でガンマ団へ戻って来た筈なのに・・・。不安に思っていた事が顔に出てしまっていたようだ、高松の手に顎を捕らえられれば有無を言わさずに上向かされた。俺は一体どんな表情になっているのだろう、自分の事なのにまだよくわからない。
「ジャン・・・あんた何泣きそうな顔してんですか・・・」
勘弁して下さいよと困ったように呟かれた。
泣きそう?誰が?俺が?
確かに歳を取らない自分の身体に、皆と同じ時間を過ごせない事に落ち込んだ、でも泣く程の事ではないんじゃないか?俺はそれを承知でここに居るのだから、仕方ない事なんだ、そう思っている筈なのに。
「まだ自分の感情が上手くコントロール出来ないんですか?まるで子供ですね、ま・・・仕方ないのかもしれませんがね」
いまだに顎は捉えられたまま、恐る恐る手を上げて自分の目元に指先で触れてみる。言われるまで気付かなかった涙の雫はもう溢れんばかりに目元へと溜まっていたせいで指先が当たった拍子にポロリと音も立てずに頬を伝って流れ落ちて行く。つられたように両の目からポロポロと雫は次々と零れ出て行く。
「なんだこれ・・・高松、どうしよう・・・止まらないよ・・・」
「本当に仕方が無いですねあなたは」
俺はどうしていいか解らずに両の手で顔を覆い隠した。しゃっくりも嗚咽も出ない、ただ涙が雨の雫のように零れて行くだけだった。高松は俺の頭を胸に抱き込んで俺をあやす様にゆっくりと優しく背中を撫でてくれていた。
俺の涙が止まるまで、ずっと、ずっと撫でてくれていたんだ。













尻切れトンボな終わり方をしてしまいました。
ちょっと人形っぽいジャンが書いてみたかったのですが不完全燃焼・・・。