真っ赤な空を見ただろうか

「ジャン」
それはうららかな3月の昼下がり。中庭へと続く長い廊下の開け放された窓からは、心地の良い気温の日の光と、まだ少し冷たいが日差しの間を抜けるようにふいてくる風が自分には丁度良い。そんな居心地の良い場所で、僕は大切な人の名を呼んだ。
「ん?」
ジャンは僕の声に気付いて振り返る、途端に顔の表情がパッと変わるのが解る。僕に呼ばれた彼はそれは嬉しそうに駆け出してこちらへ向かって来ていた。
「サービス、捜してたんだぜ?」
そうして近付いて来たジャンの頭は僕よりも少し低い位置にある。この学校に入った時は僕の方が背は低かったのに、いつの間に抜かしてしまっていたのだろうか。そして気のせいだろうとは思うのだけど、彼の背は出逢った頃のまま、何の代わり映えもないような気がする。自分が背が伸びてしまったからそう思うだけなのか、それとも彼の成長が早々と止まってしまっていただけなのか。果ては、その両方なのか。とにかくいつの間にか抜かしてしまっていた。そんな自分に彼は時々上目遣いで見上げては「ずるい」と呟くのであった。
「サービス?何ボーッとしてんだよ、中庭に行こうぜ?」
思い出に耽ってしまっていたみたいだ。ジャンの声に現実に引き戻されれば彼の提案に快く頷き、一緒に中庭へと向かう為に長い廊下を歩き始めた。
ジャンは木漏れ日が降り注ぐ天気が嬉しいのか、僕の腕を引いて「早く早く」と言わんばかりにひっぱってくる。その姿はまるで犬のようだと思ってしまった。天気や陽気が良かったら喜び、散歩に行こうと催促し、一緒に行けばいつだって大喜びだ。きっと今も尻尾があればブンブンと激しく振られている事だろう。
彼は自分の感情にとても素直だ。時々それがとても羨ましくも思うほどに。
「もう今日の授業は終わったんだからさ、中庭の芝生の上でちょっと昼寝でもしようぜ」
彼はとても楽しそうだ。小さな事でも一喜一憂出来るその姿がとても愛しくもあるのだ。
服の袖を引っ張っている相手は無意識の内なのだろう、だんだんと足の速さが早くなっていくのが解った。相手の速度に合わせれば自分も自然に早足になる、長い長い廊下を小走りで駆け抜けて行けば、廊下は突然途切れ、目の前には地平線を飲み込んでしまいそうな位の紅い紅い夕陽が今まさに地へと沈んでいく最中であった。
授業が終わり、天気が良ければ二人で中庭に行く事はしばしばあった。この夕陽もいつもの光景だ、見慣れている筈なのだけど、今日は一段と綺麗に目に映える。
「わぁ!凄いなサービス!今日は一段と綺麗な夕陽だと思わないか?」
いつの間にかジャンの手は自分の袖からは離れていた。その事を少し残念にも思いながらまた視線を前へ戻せば眩しいばかりの紅が広がる。
「本当だ、とても綺麗だね。こんな夕陽なかなか拝めないね」
それは本当の事だった、いつもの夕陽も綺麗なのだけど、空気が澄んでいるからなのか、雲が少ないからそう思うのか、はっきりと何故かは解らないけれど綺麗なのだ。
夕陽に釘付けになっているジャンの横顔を見てみれば、紅く照らされている彼の横顔は僕にとっては夕陽なんかよりずっと綺麗に映っていた。一瞬ジャンの目が深紅に光った気がした、でもきっと夕陽の紅が目に反射しているだけだろう。けれどとても綺麗だった。
「今日みたいな夕陽をあと何回二人で見られるかな?」
ジャンがこちらを向いて問いかけて来た。彼の質問はもっともな事だった。僕等はまだ士官学校の生徒だが、いつかは卒業し、戦場へと出る。あと何年僕等は一緒に居る事が出来るだろうか?僕が先に死ぬかもしれない、でも彼が先に逝ってしまうかもしれない、あるいは二人同時、という事もあり得るのだ。
あと何度二人でこんな綺麗な空を見る事が出来るだろうか?
「解らないよ・・・。でも、僕は死なないよ、だから君も・・・」
僕の目の前から居なくならないで。
「うん、俺も死なないよ。俺がお前を護ってやるさ!」
彼ははにかみ、得意げな様子で言った。
大丈夫、きっと大丈夫。君が僕を護ってくれると言ってくれたように、僕も全身で君を護るからね。
これから先何度もこの綺麗な夕陽を見よう。

きっと二人で。










サビジャンです。
誰が何と言おうとも〜!!!!ジャンはサービスの事をとても綺麗と思っているようにサービスもジャンの事を綺麗だと思って欲しい。考え方は違えども。