スノースマイル

それは俺が産まれて初めて出会ったとてもキレイなモノ。
初めて見たのは士官学校への入学式での事だった。そこには金色の髪の人間は他にも居たのだけれど、そこだけが別の世界のようだった。長く伸びたさらさらの金色の髪、すらりとした長身の背丈にスレンダーな体躯、真っ直ぐな瞳は透き通った蒼い海のような色だった。
異質だった、俺は初めて見たキラキラとした生き物に驚きを隠せずに姿を直視出来ずにいた。
この世の中にあんなにキレイなモノが存在しているなんて。
そりゃ、産まれ故郷の南国だってとてもキレイだったけど。だけどそうじゃないんだ、そうじゃなくて・・・この気持ちをなんて表現したらいいんだろう?
初めての事尽くしで頭が混乱しかけていたその時だった。

「君が今度同室になる人かい?」

キラキラしたモノに声をかけられた。
いつの間にか入学式は終わっていたらしく自分は教官達に連れられるままに割り当てられた部屋の前に来ていたらしい。しかもこのキラキラと同室らしいのだ。
当然俺は突然の事に驚き、相手を直視したまま動けなくなってしまっていた。
しっかりしろ、話しかけられた位で動揺してどうする。相手は青の一族だぞ。敵なんだ。
必死に自分に言い聞かせる。敵だ、そうだ敵なんだ。
俺の意図なんて相手には解る筈もない、金色のキレイなモノは己の自己紹介を始める。

「僕はサービス。これから宜しく、ええと・・・」
「ジャンだ、これから宜しくサービス」

どうにか動揺は顔に出さず、相手と握手を交わし宛がわれた部屋へと二人で入った。
部屋の中は広すぎず狭すぎず(物をあまり増やさなければ広い方だろうか)二人で居るには丁度良い位の作りになっていた。部屋のスペースを広げる為か、ベッドは二段式のものと勉強用の木製のシンプルな机と椅子がポンと二つずつ壁際に置いてあった。
ここでこれからこの青の一族の人間と一緒に過ごすのかと思うと、複雑な心境にならざるを得ない。
いや、この立場は上手く利用すべきなのだ。敵と同室、これ以上の好条件は無い。相手の事を知る絶好のチャンスなんだ。
疑われてはいけない、自然に接っしなければならない。


青の一族の末子、サービスはとても純粋な男だった。
その美しい容姿も内面から滲み出ているものなのかもしれない。俺は何れ彼とその一族と敵対する運命にあるのに、そんな事も忘れてしまったように。どんどんサービスに心を開いていった。
月日が流れ彼の事を知る度に胸が苦しくなっていく。
サービスに惹かれている自分が居る。いけない事だと解っていても、その想いを止める術を人の何倍もの時間を生きてきた俺にも解らなかった。
サービスも、俺の事を好いてくれていた。きっと俺とは違う感情なのだろうけれど。


同室になって、初めての冬が来た。
ガンマ団はそんなに寒い地域にあるわけではなかったが今年の寒さは厳しかったらしく、大雪が降ったのだった。
俺は初めて見る白銀の世界に興奮していた。
なんてキレイなんだろう。これが雪というものなのかと声には出さなかったものの、寒さも忘れて窓を開け放って外を眺めて居た俺にサービスはくすくすと笑いを零していた。「雪は初めて?まるで子供みたいだね」と少しからかったように言われたが、俺は特に気にはならず「うん」と小さく返事を返した。
どれ位そうして銀世界を眺めて居たのだろうか、不意に肩に何かが置かれた。不思議に思い振り返ろうとしたら、後ろからコートごと抱きすくめられた。俺を抱き締めていたのはサービスだった。突然の事に思考が停止して声も出せない、何事かと頭の中に詰め込まれている情報を引っ掻き回すが何の答えも出てこないままだった。少し、高い位置にあるサービスの顔が俺の肩へと置かれていた、そのキレイな横顔を眺めれば自然と顔に熱が集まってしまっていた。
それから横顔を眺める事も恥ずかしくなって、また窓の外へと視線を投げる。

「ジャン、風邪を引いてしまうよ」

まだ雪が見たい?と、少し心配そうに問いかけられてしまえば俺は白銀の世界への興味を諦めてしまうしか無かった。
サービスは時々こうして俺の行動を心配そうに見つめて声を掛けて来た。自分では自覚はないのだけど、俺はそんなに危なっかしい動きや言動をしているのだろうか?あの島以外を知らない俺にとっては何もかもが新鮮で、赤の秘石からもらった情報は膨大にあったのだが、それだけでは解決出来ない事もしばしばあった。
いや、情報は役に立っては居たのだが、やはり実際行動してみないと解らない事もあるわけで。あの真っ白な雪に埋まった世界なんてものは、見て、触れてみない事にはどんなに白いのかも、冷たいのかも解らないのだ。
あの島では絶対に拝む事なんか出来なかったものだ、サービスに心配されて諦めてしまったものの、やはり溶けて無くなってしまう前に触ってみたい。

「なぁサービス」

窓をパタリと閉めてから俺はサービスに向き直ると、ベッドに腰を下ろしたばかりのサービスが「ん?」と首を傾げる。

「雪、暫くは残るかな?」
「解らない、ここは比較的暖かい所だから、気候が回復して陽が照ってしまえば明日にでも溶けて無くなってしまうかもね」
「俺溶けちゃう前に雪に触ってみたい」

俺の言葉にサービスは読み始めたばかりの雑誌から顔を上げた。意外、というような表情のおまけつきだ。

「雪、触った事ないの?」
「うん」
「見た事も?」
「今日初めて見た」

ああ、だから・・・とさっきの俺の行動をやっと納得してくれたようだった。
俺の言動が面白かったのか、サービスはくすくすと笑みを零せばベッドから立ち上がり、部屋に備え付けられていた小さ目のクローゼットからコートを取り出し俺に向かって放り投げた。俺がそれをキャッチしてサービスを見遣れば。

「雪が見たいんだろう?外は寒いから風邪を引かないようにしっかり着込まないとね」
「ありがとう、サービス!」

俺は無意識に満面の笑みを零し、コート以外にも投げ渡された、マフラーや手袋を素直に着用して外出への準備を万端に整えたのだった。


サービスは「寒いから着込まないとね」と言ったわりに俺に比べれば薄着に見えた。
俺には沢山着込ませたのに自分は随分スマートな格好だ。

「サービスは結構薄着に見えるんだけど、寒くないのか?」
「僕は冬の寒さは嫌いじゃないんだ、そんなに寒いとも思わないしね」

充分寒いと思うけど・・・と思いながら自分の吐く白い息を見つめてみる。
パプワ島じゃまずあり得ないこの寒さと闘いつつ(サービスに言われて沢山着込んだ筈なのに)俺は外へと繋がるドアノブへとドキドキしながら手をかけた。
外の世界は寒さを忘れさせるようだった。雪はもう止んでいて、雲の間からは陽の光がまるでカーテンのように帯を作り差し込まれている。
誰の足跡も付いていない真っ白な雪はその光を反射させてキラキラと光り輝いている。
まるで故郷の砂浜を連想させる。キラキラと光を反射させる粒子はまるでダイヤモンドの欠片のようだ。
俺は駆け出すと、そのまま雪のど真ん中へと背中から倒れこんでみる。
そんな俺に驚いたようにサービスが足早に近付いて来た。俺は仰向けに寝転がったまま心配そうに見下ろしてくるサービスを見上げた。

「ジャン、珍しいのは解るけど。あまり長い時間そうしてると本当に風邪を引いてしまうよ。士官学校の生徒として、自分の健康管理もしっかり見られないと叱られてしまうよ」

雪はキレイだし、感触も気持ち良い、でも確かに寒い。
南国育ちの俺にはこの寒さはやはり厳しい。

「へ・・・っくし!」

早速くしゃみを一つ零してしまえば、サービスが更に心配そうな顔になってしまっていて。これはいけないと俺は慌てて雪から身を起こそうとした、しかし手をつけばそこはまた雪で、上手く起き上がれずにジタバタしてしまう。頭上にサービスが手を差し伸べてくれたのが見えた、俺は助かったとばかりにその手を掴む。グンっと身体が引き上げられて、ようやく俺は雪の上に立つ事が出来た。困ったように俺を見るサービスに、俺も困ってしまった。しまった、調子に乗りすぎた。

「あー・・・ごめん、まさか起き上がれなくなると思ってなくて」

雪って以外と危険なんだなと軽く笑えば、手が伸びてきて、肩や頭に積もっている雪を優しく払い落としてくれた。
寝転んだせいか、雪が服に凍み込んできたみたいだ。冷たさと寒さに軽く身震いすれば、今度は正面から抱き締められてしまった。
なんだか今日のサービスは変だ。そんな事を考えながらおずおずと少し顔を上げれば、目の前には雪よりもキラキラと輝く黄金の髪の間から覗くキレイな顔。俺はドキリと鼓動が止まりそうな位に跳ね上がったのが解った。
心のどこかで警告音が響く。

これ以上の深入りは危険だと。

でも、ああ・・・どうしたらいいんだろう・・・。

「ジャン、僕はね・・・」

サービスがぽつりと呟いた。俺はどうしたのだろうと首を傾げる。

「・・・サービス?」
「ジャン、君が時々誰にも踏み込めないような遠い世界に居るように感じるんだ。気のせいだとは思うんだけど、さっきも雪を眺めている君は、なんだか独りで何処かへ行ってしまいそうに見えた。僕の目の前から消えてしまうんじゃないかと思ったよ」

サービスは、酷く苦しげに声を絞り出していた。その言葉を聞いて、何故だか俺の心臓を鷲掴みにされたようにギュッと息が詰まり、身体が強張ってしまっていた。
胸を締め上げられる苦しさからか、俺は短く呼吸を繰り返し、泣きそうになってしまう。

どうしてそんな事を言うんだ。

「な、何言ってるんだよサービス。俺は何処にも行かないよ」
「本当に?」
「本当だよ、約束する」

泣き顔を隠し、笑顔でサービスに告げた。約束だと。

「良かった、約束だよ。ジャン」

うん、と頷いて。温もりにしがみ付く様に、ぎゅっとサービスの背中に手を回した。細いと思っていたサービスの身体は、士官学校生らしく、思ったよりもしっかりとしていた。

それは、雪に囲まれた。俺たちだけの小さな約束だった。

その約束は破られる事はない。永遠に・・・永遠に・・・・・・・。













ウガーッ。
収集がつかなくなってむりくり終わらせました。
勝手に小説が長くなってびっくりです。
サビジャンです。キスもまだです。何だか会話シーンだけ見てると女の同士の会話みたい・・・☆