島の番人をしていた彼は、その役目を他の者へと譲り渡し、私達の元へと戻って来た。
いつか、彼が死んだと聞かされたその時の姿のままで。
そして彼の島が私達の前から姿を消してから1年の月日が経った。。


その日は珍しく二人で酒を酌み交わしていた。
ジャンがガンマ団に戻って来て以来、実に久しい事であった。酒を飲んでいるこの場所は高松に宛がわれた独りでは広すぎる位の私室である。
そこはモノトーンで彩られたシンプルな部屋であった。この部屋には白と黒しかない。
ジャンはそんな部屋を見渡しながら焼酎を呷っている。彼の目はほんのりと眠たそうな、とろんとした表情になっていた。特殊な身体であるジャンが酒に酔う事などはとても珍しい事だったが、久しぶりの酒だからだろうと納得する事にした。
高松は先程から独り冷酒を飲んでいた。ジャンはそんな彼を見て、パチリと瞬きをすると、手を伸ばして相手から冷酒を奪おうとする。

「ちょ・・・あんた何すんですか」
「俺もそれ飲みたい」
「駄目です。いくらなんでも飲みすぎですよ」

普通の人だったら急性アルコール中毒にでもなりかねない。それだけの量を既にジャンは飲んでいた。それでも今までの経験から言って、こんなに酔う事など無かったのに・・・と高松は心の中で呟いた。

(一体何があったんでしょうね・・・)

ジャンは自分達人間とは違い、色々なものを見てきてそして色々なものを背負い込んでいる。
パプワ島の番人を交代したからと言って、今まで背負い込んで来たものはそう簡単には彼の背からは降りないだろう。

自分は彼が好きだった。彼も自分の事を好きだと言ってくれた。
しかしそうやって好き合っていたのは学生時代の話だ。
今はどうなのだろう。自分は彼が亡くなったと聞かされてからも好きで、片時も彼の事を忘れた事なんて無かった。

(あんたが何を考えているか・・・解るようで解らない・・・)

ジャンの心情が読めない。
自分の事を好きなのか好きじゃないのか、どうしてこんなに酒に酔ってしまっているのか、本当にガンマ団に帰って来て良かったのか、本当はパプワ島に何時までも居たかったんじゃないだろうか、彼は本当はどうしたいのだろうかと。

「お前さ・・・まだ俺の事好きなのか・・・?」

突然の核心を突く言葉に驚き冷酒のコップを取り落とす。
横倒しになったコップからは酒が零れ、机の端を伝って雫が垂れているが今はそんな事気にする余裕などはなかった。

「・・・好き・・・ですよ・・・。貴方が死んだと知らされてからもずっとね・・・」
「俺が帰って来て嬉しいか?」
「当たり前ですよ。好きなんですからね」

最後には「そうか・・・」と不安そうな表情を浮かべたまま呟くのだった。
そして椅子から立ち上がるとふらふらと窓へ向かい、鍵を外せばそのまま開け放つ。もう3月も半ばだが夜はまだ寒い、窓を開け放った途端に冷気が部屋へと舞い込んできた。
しかし南国育ちである筈の彼は、そんな寒さもものともせずに窓の外を眺めている。
冷たい風は次々と室内へと流れ込んでくる。高松は倒してしまったコップを元に戻せば、やれやれといった様子で立ち上がり、この寒さの中でぼんやりと外を眺めているジャンの背後へと近付いた。
そして脱いで置いてあった自分の白衣を手に取ると、相手の肩へと置いてやる。
ジャンは小さく礼を言うが、それでも窓の外を眺めているばかりだ。

「不安なんだ」

ぽつりとジャンが言葉を零す。
高松は訝しげにジャンを見遣り、白衣をかけたまま相手の肩へと手を置いた。

「俺だけ、時間が経たなくてさ。お前を置いていっちゃうだろ?老いもしない、死にもしない俺と普通に歳を取っていくお前じゃ釣り合わない気がする。俺・・・何時かお前に飽きられちゃうんじゃないかな・・・」

高松は驚いた。
やっと聞こえてきた彼の心情。それは自分達の時間の差をまざまざと聞かされた気がした。
ジャンはここへ戻って来てから、ずっとその事で悩んでいたのだろう。新しい身体をもらって帰って来たけれど、どうしても埋められない溝がある、と彼は独り考え込んで苦しんでいたのだ。

(ああ・・・私はなんて自分勝手な考え方を・・・)

彼の心情が解らないのでは無かった、ただ解ろうとしなかっただけだったのだ。
ジャンは自分の事がまだ好きなのか、そんな小さな事を自分はずっと気にし続けていたのだ。
なんて身勝手な考え。

高松は哀しげに顔を歪めると、ジャンの肩に置いていた手に力を込めてジャンを振り向かせ、そして強く抱き締めた。
ジャンは困ったような表情を浮かべると、苦しげな表情の高松を見上げ「ごめん」と謝罪の言葉を漏らす。どうして謝るんだ、勝手なのは自分の方なのに。
サービスと3人で笑い合っていたあの頃と彼だけが変わらない姿形のまま。それは彼にとってはとても苦痛な事なのだと、今やっと気付いたのだった。
見上げる愛しい相手に触れるだけの口付けを落とす。

「馬鹿ですね・・・どうして謝るんですか。それに、あなたと居て飽きる人間なんか居ると思ってるんですか?」
「俺の身体の事は解っているだろう?俺は皆を置いて行く事しか出来ないよ」
「そんな事はありません・・・私はずっと貴方を好きでいます。ジャン、貴方を愛しています」
「高松・・・」

搾り出したような声で名前を呼ばれた。泣いているのだろうかと思い、確認しようと見下ろしたが、ジャンは自分の胸に顔を埋めてしまっていてそれは叶わなかった。
ただ震えているジャンの肩を優しく擦り、そして強く抱き締めた。

「俺も好きだ・・・高松・・・好き・・・」
「嬉しいですよ」

3人で笑い合っていた頃と変わらない彼を抱き締めて、額に口付けを落とした。そこから下へ下がって行き、鼻の頭や頬やまた唇に口付けを沢山降らせた。
目尻に涙を浮かべたジャンは満面の笑みを浮かべ、自分からもキスを返してくれたのだった。

(この先どうなるかなんて解りませんが・・・)

未来は誰にも読めないけれど、でも自分はきっとジャンを愛し続けるだろうと高松は心の奥で呟いた。
自分は科学者なのだから、寿命を延ばせる薬だって作れる筈だ。とも真剣に思ってもいる。
高松は、ジャンを独りで哀しませないように、自分に出来る事ならなんだってやろうと思った。

自分よりも随分と若い彼を抱き締めたまま暗い窓の外を眺めた。
そこには寒さの中寄り添うように、二輪の花が咲いていた。

私達はあの花なのだ。
大丈夫、ずっと彼と居れる筈だと、妙に確信めいて「大丈夫」と呟いた。
ジャンは、「うん」と返事を返し、高松は窓を閉めると。今度はジャンに深く口付けたのだった。
存在を確認するかのように。














高ジャンでごじゃいます。
高ジャン小説二つ目ですけど、なんかジャンは両方とも泣いてませんか。何故だ。
うちのジャン頭弱いしなぁ・・・(言い訳になってない)