pure

初めての筈なのに、そこはとても気持ちの良い場所だった。




窓の外では朝を告げるように雀が一生懸命鳴いていた。
もう朝か、起きなきゃ。訓練に遅れてしまう。
そう思ってはいるのだけれど、あまりの寝心地の良さになかなか目を開くことが出来ない。しかも身体も思うように動かせない、何かに固定されているようだ。
一体何だろう、何時もの部屋の何時ものベッドで寝ているつもりでいる俺には到底理解に苦しむ事だった。
起きろ起きろ、目を覚ませ・・・と自分で念じているものの、もう4月になろうかというこの季節。とても気候が良く、二度寝、昼寝などには最適この上ない状態だった。
せめて目だけでも開かないと状況が判断出来ない、そう寝惚けながらも思い、懸命に瞼に力を込めて目をゆっくりと開いていく。

半分程開いただろうか、ぼんやりとしている視界にまず最初に飛び込んで来たのは、見紛う事の無い金の色。おかしいな、俺の部屋は二段ベッドで、サービスは下の段で寝ている筈だけど・・・などと呑気に考えながら数度パチパチと目を瞬かせた。瞬きのおかげか、だんだんと視界はハッキリしてくる。
サービスの髪だと思っていたその金の色は違う人物の髪だった。その事を今度こそちゃんと確認すると、俺の頭はどんどん眠りから覚めていく。
目の前に居たのは、金の髪に青い目(今は閉じていて見ることは叶わないが)の覇者の姿であった。
俺の頭は完全に目覚める。
なんで、なんで、なんで、どーして!
慌てて俺は身を起こそうとしたのだけど、ガッチリとマジック総帥の手に抱えられていて動く事は愚か、身を捩る事さえも出来ない状態だった。
そして身体に力を入れれば腰には鈍い痛みが走る。
そうして俺はやっと思い出したのだった。



昨日の夜、何だか無性に星空を見たくなって、サービスが寝ているのを起こさないようにしてベッドから下り。パジャマの上に適当にそこいらに脱ぎ散らかしていた上着を引っ掛けて窓から外へ抜け出した。俺とサービスの部屋は一階にあったから、苦労する事もなく抜け出す事が出来る。俺は時々そうして独り部屋を抜け出しては星空を眺めている事が多かった。
中庭の隅に向かえば地べたに腰を下ろし、寒さに耐えようと膝を抱えて身体を丸めてから夜空を見上げていた。パプワ島に比べれば、星達は小さいし、数も随分と少なかったが、それでも星空を眺めると幾らかの安心感が生まれるような気がした。
15分か20分か、それ位だったと思う。ぼんやりと星を眺めていたが、やはり南国育ちの自分は寒さに弱い。夜はまだ冷える、風邪なんかひいたら心配掛けちゃうだろうなと思い、起き上がろうとした時だった。不意に背後に気配を感じた。
立ち上がるタイミングを逃したまま後ろを振り返れば、そこには自分が通っている士官学校の新設者、ガンマ団総帥の姿があったのだった。

(あ、まずい)

俺は咄嗟にそう思った。何故なら、門限の時間や、就寝時間をとっくに過ぎている時間に外に居るからだ。理由は、ただ星空が見たかったから。
言い訳のしようもない、怒られてもしょうがないな・・・と覚悟を決めて立ち上がり、総帥の方へ向き直れば彼は怒ったり咎める素振りも無く、ただ俺に挨拶の言葉を零したのだった。

「やぁ、久しぶりだね。元気にしていたかい?」

何だか、この間から自分は総帥に気に入られてしまっているらしい。
良い事なのか、悪い事なのかの判断はつきかねる所ではあるのだけれど。
軍のトップの人間のあまりに気さくな態度に身構えていた身体から力が抜けていく。

「はぁ・・・どうも、総帥もお元気そうで・・・」

なんて、間抜けな返事を返してしまった。
突然の事で呆けた顔をしているであろう俺を見つめて総帥はなんだかにこにこと楽しそうだ。

「あの・・・」
「ん?何だい?」
「怒らないんですか・・・?こんな遅くに部屋を抜け出して外に居る俺を」
「君達位の年頃の子は、やんちゃでナイーブで、たまにはこうして独りになりたい時もあるだろうし。ただ外を散歩してみたくもなるだろうし。たまには良いんじゃないかな?」
「総帥である者の言葉とは思えませんね」

咎められると思っていたのに、今度こそ全身から力が抜けていくのが解った。ふう、と一つ息を吐けばそれは寒さで夜の闇に白い色を浮き上がらせた。それと同時に俺はくしゃみを零していた。
慣れない寒さに身を縮こませると、いつの間にかすぐ傍に来ていた総帥の腕の中にのまれてしまった。
俺は以前総帥にキスをされた事を思い出して焦ったが、そこがあまりに暖かくて気持ちが良いので身動きが取れずにいた。
総帥は冷え切った俺の身体を優しく擦ると、「部屋でお茶でも飲んで温まりなさい」と、腕を掴まれ少し強引に部屋へと導かれて行ったのだった。

以前にも一度だけお邪魔した事のある総帥の部屋は、夜の所為か何だか少し雰囲気が違って見えた。
俺は暖められた広すぎる部屋に置かれたソファにおずおずと腰を下ろした。

「ちょっと待っていなさい、今暖かい飲み物を持ってくるから」
「あ・・・えと・・・すいません」

ポットには常にお湯が常備されているのだろうか、総帥は紅茶の入ったソーサー付きのティーカップを二つ持って来ると、一つを俺の目の前に置いて「どうぞ」と優しく勧めるのであった。

(軍の最高責任者にコーヒーや紅茶を淹れてもらって飲んでるなんて・・・今更ながら凄いな俺・・・)

温かい紅茶を飲みながらふと思う。
どうしてこの人は俺にこんなに優しくしてくれるんだろうか?

「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「何だい?」

俺は意を決して聞いてみる事にした。
どうしても自分だけに優しい理由を知りたかったから。

「どうしてこんなに優しくしてくれるんです?俺はあなたにとって、士官学校の一生徒でしか無いと思うのですけど」
「私がこうして君にお茶を振舞うのに理由が無いと駄目かい?」
「駄目というか・・・気になるじゃないですか。貴方の弟、サービスと同室だからですか?」
「違うよ」
「じゃあどうしてですか?」

総帥は上品なソファの背凭れに身体を預けて深々と座ると小さく苦笑を零した。

「理由も無いのに、俺にキスしたんですか?」

俺、からかわれてるんだろうか。
手懐け易そうに見えたんだろうか。
そう思ったら、何だか哀しくなってしまう自分が居た。

「・・・理由を聞きたいかい?」
「・・・聞きたいです」

総帥は困った表情のままソファから立ち上がると、俺の座っているソファの隣に静かに腰を下ろした。
あ、何だかデジャヴ。この間キスをされた時の事を思い出してしまう。

「どうしてキスをしたと思う?」
「解りません・・・俺はそういう事は初めてだったし・・・冗談やからかいじゃないかと思ってます」

至極真面目に俺が言えば、総帥は少々呆れた顔で笑ってから、俺の頬に触れるだけのキスをした。
あまりに一瞬の出来事で俺は何が起こったか解らずに居ると、今度は手が伸びてきて後頭部に廻されそのまま強く引き寄せられた。
俺はあっという間に総帥の腕の中へと収まってしまっていた。

「どうして私は君にこんな事をするんだと思う?」
「ど・・・どうしてでしょうか・・・」

顔を上げれば間近には総帥の端整な顔が視界いっぱいに広がっていた。うわわっ、と焦り、心臓がドンッと強く跳ねた。
顔は熱が集まって火照り、心臓はドンドン早鐘を増していく。

「私は君が好きなんだよ・・・ジャン」
「・・・・え?」

信じられない言葉を聞いた・・・気がする。気のせいじゃないだろうか?

「ジャン、君が好きだよ」
「・・・・・・・・・・ええ!?」

俺の遅い反応ときたらなかったが、総帥はなんとも落ち着いた様子で素っ頓狂な声を張り上げた俺を見つめていた。
いやいやいや、有り得ない。まさかそんな、総帥が、俺の宿敵とも言える青の一族のトップが、赤の一族(正体はバレてないだろうけど)の俺が好きだって!?
俺の頭はもうパニック寸前だった。
両手で頭を抱えて考え込んでしまった俺の顎には、何時の間にやら総帥の手が置かれていた。
顔を上向かされると今度は唇に軽くキスをされた。俺は更に焦って、真っ赤になってどうしていいのか解らなくなってしまっていた。

「私とこうするのは嫌かい?」
「や、イヤじゃないですけど・・・恥ずかしいです」

俺の顎はまだ大きな手に捕らえられたまま、間近にある総帥の顔を直視する事も出来ずに目を泳がせながら呟いた。
「嫌ではないんだね?」と囁くように言われてからまた口付けられた、と思ったと同時に今度は舌が差し入れられた。口内を探るように蠢く舌に驚いて身を引こうとしたけど、腰に強く手を廻されていてそれは叶わなかった。器用に舌を絡め取られゆっくりと重なり合い、舌先を吸われたりされると、頭の中が痺れたようになってしまい何も考える事が出来なくなってしまった。
ようやく唇を離してもらった時にはもう息も絶え絶えで、総帥の胸にぐったりと寄りかかってしまうような形になってしまっていたのだった。
総帥はそんな俺が可笑しいのか、小さく笑いを零してから「可愛いよ」と耳元で囁いてきた。余裕の無い俺はその言葉一つでまた真っ赤になってしまう。

「もっと可愛い姿を見せて欲しいな」
「へ・・・?」

俺が言われた意味が解らずに小首を傾げれば、総帥はまた笑って、そして俺を腕に抱いたまま立ち上がったのだった。
俺は俗に言う『お姫様抱っこ』の状態になっていた。
うわっ、と焦る暇もなくベッドへと運ばれ清潔に整えられたシーツに優しく寝かされる。また目の前には総帥の顔があって・・・後はもう済し崩しだった。





そうして今に至る訳なのだけれど。
思い出すと羞恥で死んでしまいそうになる。幸い彼はまだ眠りの中に居るらしく、落ち着くだけの時間はありそうだった。
穏やかな寝顔の相手は、何だかガンマ団の総帥というようりは、ただの男というか、眠っている為に青い目が見えない所為か、威圧感や覇気は全く感じられなかった。

「俺の何がいいんですか・・・?」

眠っているのを起こさないように小さな声で問いかけてみる。すると彼はもぞもぞと動いて俺の身体をまた強く抱き締めてきた。
更に身動きの取れなくなった俺はこの頑丈な腕から抜け出すのを諦めて目を閉じた。
マジック総帥は、結局俺には『好きか?』と問いかけず答えを聞こうとしなかった。
そんな余裕も無かったのか、敢えて聞かなかったのか、きっと後者じゃないかと思うのだけれど。考え事をしながら俺は睡魔に襲われて眠りに落ちて行った。
次に目を覚ました時には、答えを伝えた方がいいのだろうか?

(目を覚ましてから考えよう・・・)

俺はくたくたになっている身体を再度休めるように夢の中へと深く潜っていったのだった。












あーあー。マジジャンです。色々中途半端だったり、Hシーンは避けてみたり。パパは色々突然すぎますね、大人の余裕がありません。
ジャンの返事はいかに!?次回好御期待!(嘘予告)
感想頂けるとありがたいです(ノД`)