bougainvillea

一ヶ月。
今の自分はこの言葉を聞いただけで八つ当たりをしてしまいそうな位に苛立っている。



ジャンの姿をもう一ヶ月も見ていない。
何の研究に没頭しているのかは知らないが、折角宛がわれている自室にも帰らず、研究室に篭りっきりなのだ。一ヶ月間ずっとだ。
一週間二週間はザラにあるのだが、一ヶ月というのは彼がここガンマ団に戻って来てからは一度も無かった事だけに何だか憤りを感じていた。

(あの馬鹿、没頭し始めると周りが見えなくなるんですから・・・)

自分も科学者故、気になる研究や成果が出始めた研究があれば一ヶ月は優に篭る事もあるのだが・・・それはそれ、取り敢えず今は自分の事は棚に上げて置く事にする。
普段は煩く自分の研究の邪魔になる位なのに、自分のやる気次第であっさりと自分の目の前から消えてしまうのだ。
そんな相手を好きになってしまった自分にも落ち度はあるのだが・・・。
とにかく、気に入らないのだ。こういう時ばかりは自分ばかりが彼の事を好いている様な気がしてならない。

(少しは休憩とでも称して私に逢いに来たらどうなんですかね)

自分から逢いに行けばいいのだろうけど、研究中はどうも入り辛いのだ。

(私もジャンの様に気にせずに逢いに行けばいいんでしょうけどね・・・)

自分からは何だか淋しいのだ。ジャンから逢いに来てくれないと。
でもこのまま待ち続けて居るのも辛い。さてどうするかと考えた所で一つの結果しか出ないのである。

(・・・逢いに行きますか)

苛々を慰めるようにふかしていた煙草を灰皿で揉み消し、椅子から立ち上がると白衣の裾を翻しそのまま自室を出て行った。



さて、ジャンに逢ったらどんな皮肉を言ってやろうかと考えながら高松は研究室へと続く長い廊下を歩く。
道すがら他の研究員達が横を通り過ぎ、高松に気付いて挨拶をするが、真剣に考え事をしている高松の耳にはそれは届いていない。研究員達は軽く首を傾げ、きっと機嫌が悪いんだろう関わると巻き添えに遭うかもしれないと思ったか。そそくさと自分の目的の場所へと皆が足早に通り過ぎて行くのであった。

皮肉を真剣に考えながら歩いていた所為か、あっという間にジャンの研究室へと到着してしまったように高松は思った。
散々に考え込んだ言葉を胸いっぱいにしてから研究室への扉を軽くノックする。すると中から「は〜い、ど〜ぞ〜」と如何にも彼らしい軽い言い回しの声が聞こえてきた。
一ヶ月ぶりに聞くジャンの声に嬉しい反面苛立ちながらドアノブへと手を掛けると、自分とジャンとを隔てているその扉をそっと開いていった。

扉を開いてまず最初に目に入ってきたのは、相手のよれよれの白衣の後姿。
ジャンはパソコンに向かって居るのだろうと思い込んでいたけれど、彼は研究室に無数に置いてある花々に囲まれてなんだか首を捻っているようだった。

「何ですかこの有様は・・・」

あまりの量の植物達に驚き声を漏らす。
すると高松の声に気付いたジャンがぱっと振り返った。満足に風呂にも入っていないのであろう、無精髭を生やしている彼は18歳から成長しない姿を少しだけ老けて見せている。

「あ、高松じゃん!久しぶり!」

自分に逢えなかった事を悪びれもせずにとっとこ向かって来るジャンの姿に、高松は言おうと思っていた皮肉の言葉も忘れ去ってしまっていた。
ジャンは高松の傍に来ると何とも嬉しそうな笑顔を零していた。

(駄目ですね私も・・・)

こういうのは惚れた方の負けなのである。
久し振りに見たジャンの笑顔に安心しているのに、高松は自分の事ながら驚いていた。

「お前から来るなんて珍しいな〜。何かあったのか?」

まさか自分に逢いに来る為だけに足を運んだとは思っていないジャンは、珍しい来訪者に軽く首を傾いでいる。
それもその筈かもしれない、いつも用事も無くただ逢いに来るのはジャンの方である。高松が用事を引っ提げないでジャンの所へと来る事は稀な事なのであった。
だからジャンはきっと何かがあったのだろうと思い高松に問いかけたのだが・・・。

「・・・いえ別に、何も無いですよ」
「何の用も無いのに俺のとこに来たのか?」
「ええ、いけませんか?」
「いけない事はねーけど、珍しいな」
「用事が無いとそんなに驚かれるとは思わなかったですよ」

高松は思わず考え込む。
そんなにも自分からはジャンに逢いにいってなかっただろうかと。

「自覚無し?お前ってしっかりしてるように見えて時々抜けてるよな」

あんたに言われたくない・・・と思ったが口には出さずに心の中で呟く。そしてぐるりと改めて部屋を見渡してみる。
研究室と称した部屋には色とりどりの花。白に赤にピンクに黄色、派手な色の花々が所狭しと置かれている。

「何ですかこれは?」
「ああ、ちょっと温室から拝借して来たんだ」

悪びれも無くジャンは言う。

「何を勝手な事を・・・金を払いなさい金を」
「根こそぎ持って来てる訳じゃないからいいだろ〜!」

ジャンは「お前ってヤツは」と頬を膨らませて拗ねて見せる。そうして部屋にある花を大事そうに見つめるのであった。
そして高松へと向き直ると口を開いた。

「温室の花も綺麗なんだけどさ・・・もっと、何て言うのかなぁ・・・。あの島みたいにおっきくてさ、原色の色の花が欲しいな〜と思って」
「それで、温室の花を盗んで実験中という訳ですか」
「盗んでねーし!マジック様にはちゃんと許可貰ってるんだからな」

マジックという名に高松は軽く肩を竦めてみせる。
そんな花が欲しいなら自分のバイオ研究で培った知識で作ってやるのに、と高松は思っていた。
何を独りで必死になっているのかと。

止めていた足を進めれば拗ねてそっぽを向いているジャンへと近付き、自分よりも低い彼の頭にぽんと軽く手を置いた。
ジャンはそっぽを向いたままだ。

「そんなに慌てなくても時間は幾らでもありますよ」

頭を撫でて優しく言えばおずおずと顔を振り向かせた。その少し困ったような表情の彼に軽くキスを落とす。

「急いで何もかもやろうとしないでいいんですよ。私はまだまだ長生きする予定なんですから」

だから。

「研究にばかり没頭してないでたまには顔を見せなさい。・・・心配になるでしょうが」

逢いたいからと言葉にしかけたが恥ずかしさが勝ったので言えなかった。
でもジャンには伝わったようだ、頬をほんのりと紅く染めると小さく頷いて見せた。

自分も篭りきりにならないでたまにはジャンに逢いに行こうかと、高松は独り思っていた。
もっともっと彼との時間を作りたいから。









高ジャンどえす。
収集つかなくなる癖を直さなきゃ・・・。
ジャンは高松にパプワ島に咲いてるような綺麗な大きな花を早く見せたかったのです。というお話。