指切り

初めて見掛けたあの人は、とても綺麗で。とても儚げに見えた。





俺がルーザー様を初めて見掛けたのは、同室である俺とサービスとの部屋の前でだった。
彼は、サービスに用があったのだろう。部屋の扉をノックしようと、緩く握った拳で、扉を叩こうとしている所だった。

俺に対して横を向いているあの人の顎のラインはシャープに描かれていて。
サービスとよく似た、サラサラの金髪も、青い目も、俺には眩し過ぎた。
俺は思わず目を細めてから相手を見つめたまま、自分の部屋の前に帰って来た事も忘れ去って。
ルーザー様の事を眺めてしまっていた。

そんな俺が隣に居るのに気付いたルーザー様がこちらを振り返る。
その眼光はとても鋭かった。
思わず一歩後退る。
が、その鋭さは一瞬にして柔らかな視線へと変わる。

「あの・・・」
「君、もしかしてサービスと同室の子かい?」
「はい、あの、貴方は・・・?」
「私の名はルーザー。サービスの兄だよ」
「失礼しました!」

サービスのお兄さん・・・。どーりで似てると思った。
名前は聞いていたが、姿を見たのは今日が初めてで。ルーザー様であった事に微塵も気付く事が出来なかった。
俺は慌てて謝罪の言葉を吐けば、その場で敬礼をした後、深々と頭を下げた。
そして、頭を上げようとしたら。ポン、と頭の上に何かが触れた。
頭を下げたまま視線だけを必死で上に向けると、視界にはルーザー様の腕が目に入る。
という事は、触れているのは彼の手だろうか?

「そんなにかしこまらなくてもいいのに」

クスリと、小さく笑いながら言われて、頭を数度撫でられた。
何だか自分が子供扱いをされているように思ったが。不思議と不快感などを感じる事は無かった。
寧ろ、何だか心地良さやくすぐったさがあって。自然と頬に熱が集まる。

「サービスに用事が逢って来たんだけど、どうやら居ないみたいだね」

ぽんぽん、と俺の頭を未だに撫でながら喋り始めた。
俺は頭を下げたままだったが、撫でられながらおずおずと頭を上げて下から相手の顔を覗き込むように見遣った。
瞬間、バチリと相手と目が合った。
「わっ」と、声に出してしまいそうになったが、喉元で止めて慌てて奥へと飲み込んだ。
何故か、動揺してしまった。目が合っただけなのに。

「どうかした?」
「いいえ、何もないです」

完全に頭を上げてしまえば、それと同時に腕は頭上から去って行った。
それを何だか物悲しく思いながら、無意識に、今度は自分の掌を頭の上へと置いていた。
それを見たルーザー様は優しそうな、人の良さそうな笑顔で俺を見つめる。

「頭、触られるの嫌だったかい?」
「いえ、嫌じゃないです」

問われた言葉に俺はハッとして、慌てて頭上から手を下ろした。
そんな俺の様子を見ながら、ルーザー様は何だか楽しそうだ。

「そう、それは良かった。君、名前は?」

そういえばルーザー様の名前だけ聞いて、自分は名乗っていなかった。
俺はまた慌て、慌てながらも敬礼をする。

「自分は、ジャンと言います」

ビシッ、と背筋を伸ばしてはっきりと発音する。
ルーザー様は顎に手を当てて「ふぅん」と、一言漏らした。

「所でジャン、君はサービスと一緒じゃなかったのかい?」
「あ、いえ。今日は別々に出掛けてまして」
「そうか、それじゃあ君も弟がいつ帰って来るかは解らないみたいだね」

少々残念そうに言えば、肩を軽く竦めている。
帰ってくる時間、聞いておけば良かったなと。俺は少し後悔した。

「仕方ない、今日は諦めよう。悪かったね、突然お邪魔して」
「いえ、俺は大丈夫です」
「そう?それなら良かった」

そう言って真っ直ぐに俺を見る。
何だかルーザー様の目の色ってサービスとちょっと違う?いや、色は一緒だけど、何だか・・・。

「ジャン、今日は急ぎがあるからもう戻らないといけないけど。今度時間がある時に君を誘っていいかな」
「・・・・・・・・」

言われた言葉が瞬時に飲み込めず。脳内で鸚鵡返しのように同じ言葉がグルグルしている。
誘う?俺を?

「は!?サービスじゃなくて、俺を・・・?」
「うん、迷惑かな?」
「そんな事は・・・!」
「じゃあ、今度。約束だよ」

ルーザー様の腕が伸びて来る。

「指切り」

拳を作り、小指だけを立てた手を俺の目の前へと持って来た。
思わず俺も小指を出して、相手の小指に緩く絡めた。
絡めた小指はとても冷たかった事に一瞬驚く。

「約束」

にっこりと、何だか子供のように無垢な笑みを浮かべてルーザー様は微笑んだ。
そしてまた俺の頭に手を置くと、ちょっと乱暴に撫でられて、手は離れて行く。

「それじゃあ」
「あ・・・さようなら」

去り際に軽く手を上げた相手に、俺も小さく手を振って返した。
ルーザー様が視界から居なくなってからも、俺はその場に暫く立ち尽くした。

何て、掴み所のない。不思議な人なんだろうか。
ふと、先程疑問に思った事が頭の中に蘇る。
目の色が違うんじゃない、そうじゃなくて、何だか。
あの人の目は、あまりに濁りが無く、純粋な輝きに満ちていたように思う。
その眼差しはあまりに真っ直ぐで、あの目に見られた瞬間、俺はゾッとしてしまった。
一瞬だったが、背筋に冷や汗が流れたように思う。

俺は。見ては、気付いてはいけない物に触れてしまっている気がした。
何だか居た堪れなくなって、部屋へと入ろうかとしてドアノブに手を伸ばした。
ノブを掴んだ自分の手を見て、先程の指切りを思い出す。

『約束』

その言葉が頭に響く。
彼がどうしてサービスでは無く俺を誘ったのかは解らなかったが、あの言葉は本気なんだろうと思う。
ただの戯れとか、社交辞令じゃない。

「約束・・・」

俺は先程絡めた小指をじっと眺めて呟いた。

ルーザー様の指先の冷たさを思い出しながら、俺は静かに扉を開いた。











とうとう、ルザジャンを・・・。
出逢い辺です。ルーザー様の性格が私の中で定まっておりません・・・。