優しい時間

ハーレムに付き合えって言われてから、初めての休日が来た。
俺は具合もすっかり良くなっていた。
サービスは、高松と出掛けてしまっている為に、今日は一人だった。

さて、どうしようか。
たまには一日中部屋でごろごろするのも良いかもしれない。

そう思った矢先に、扉をノックする音が耳に飛び込んで来た。
その音は少々乱暴で。

「誰だ?」

少し不振に思いつつ、扉へと向かった。
その間にもまたノックの音が響いている。
せっかちだな、とぼやきつつ、扉を少しだけ開くと。相手はその開いたドアの狭さが気に入らなかったようだ。
扉と壁との間に大きな手が割り込まれ、そのまま勢い良く外開きの扉は引っ張られて行った。
俺もドアノブから手を離せば良かったんだけど、咄嗟の事だったから、そのまま扉と一緒に身体ごと引っ張られてしまった。
そして勢いに乗ったまま、扉の前に仁王立ちにしていた人物の胸元に、ドンッと顔をぶつけてしまう。
鼻をしこたまぶつけて、痛みに眉間に皺が寄る。

「いってぇ・・・誰だよ!」
「俺だよ」

聞いた事のある声。
その声に気付いて、顔を上げれば。目の前には獅子舞・・・いやいや、ハーレムの姿があったのだった。

「ハーレム?」
「そんなに驚かなくても良いだろうが」

相手はちょっと、苦笑みたいなのを零している。
俺、そんなに驚いた顔してたんだろうか?
いや、確かに驚いたけど。

「今日は、予定は?」
「え?別に無いけど」
「そうか、じゃあ付き合えよ」

言われて、俺が返事を返す間も無く腕を引っ張られた。
そのまま、強引にハーレムに連れ出されてしまった俺。
行き先すらも解らないまま、俺はもう後を着いて行くしかなかった。




「なぁ、こんなとこ来ていいのか?」
「あ?心配しなくても大丈夫だろ」

本当かよ。と、俺はハーレムを横目で軽く睨み付ける。
訳も解らないまま連れてこられた先は、競馬場だった。

ここって、二十歳からじゃないと来ちゃ駄目なとこじゃなかったっけ?
バレたらどうすんだ。
人は多いし、周りはワーワー煩いし。煙草の匂いは凄いし、熱気も凄い。
馬を見るのは良いんだけど、この時期は目の前で走らないらしい。
皆、でかい画面に向かって、自分の買った馬券の馬の名前を吼えている。

目の前で本物の馬が見れたなら、また状況は違ってきたのかもしれないが。
俺は来たばかりだというのに、慣れない場所の所為で何だか疲れて始めて来てしまった。
もう一度隣に立っている相手を横目で見遣れば、大きなターフビジョンに釘付け。
自分の買った馬が来なかったのだろう、馬券をビリビリに破いて投げ捨てている。

あんまり感心出来ない行為だな・・・。

と、どうにも居場所が無くて軽く溜息を吐いていると。
それに気付いたハーレムが声を掛けてきた。

「・・・つまんねぇか?」
「え?うーん、まぁ・・・よくわかんねぇし。慣れないとこ来たから、ちょっと疲れた」

楽しくない事はないんだけど。と、おまけのように呟けば、連れてこられた時のように腕を掴まれた。
へ?と、思っているとまた引っ張られて、人ゴミの合間を縫うようにジグザグに歩かされる。

「ハーレム?レースまだあるんじゃねーの?」
「お前がつまらないのに居てもしょうがねぇだろ」

いや、勝手に連れて来たのはそっちなんだけど。と、思ったけど取り合えず言わないでおいた。
自分勝手な動きをしつつも、俺の事を考えてくれているような言葉が何だか嬉しく感じてしまう。
腕を引っ張られながら暫く歩けば、いつの間にか人気の無い場所へと来ていた。
先程の喧騒と打って変わった静けさに、俺は安堵の息を漏らしていた。

「あーいうとこ、苦手か?」
「今日初めて行ったからだと思うけど、回数重ねれば慣れると思うけど。多分」
「そうか」

ハーレムは、喋りながら一度辺りを見渡した。
そして人が居ない事を確認したのか、俺の方へと腕が伸びて来て、そのまま抱き込まれてしまった。
俺は少し身を固くする。

参った、まだちょっと慣れない。

そんな俺の気配を察したのだろう、ハーレムは俺の頭をひと撫でしてからすぐに身体を離した。
傷付けたりしないって言葉は嘘じゃないらしい、その事が何だかくすぐったく感じる。

「あー・・・帰る・・・か」
「うん」

ハーレムはくるりと俺に背を向けてから切れ切れに呟いた。
恥ずかしいんだろうか?自分よりも少し大きな相手を可愛く思う。
俺は、手を伸ばし、ハーレムの手を軽く握ってみた。
ハーレムは驚いたような表情で俺を振り返っている。

「嫌か?」
「嫌なわけねぇし」

言いながら軽く目を逸らした相手に気付いて、俺は小さく笑った。













こんなに相手を労わるハーレムって。
微妙な仲でございます。