苛々する。
自分の心を苛んでいるのは醜い嫉妬心だ。
ジャンがする話はどれも昔の事ばかり。
今も、私の隣で話す事は昔の想い出の事。
皆もう居ない。
ここにはもう私達二人しか居ないというのに。
彼はもう居ないというのに。
まるで青春の想い出に浸る少女のように、懐かしい話を繰り返す。
そうだ、私が嫉妬している相手はとっくの昔にこの世を去っているのだ。
なのに、まるで今でもジャンの隣りに居るかのような錯覚さえ生まれてしまう。
「それであの時さ・・・」
「ジャン」
名を呼べば口を噤んでこちらを向いた。
真っ黒な目に映っているのは私だけの筈なのに。
「何だ?」
「皆、もう居ないんですよ」
「解ってる」
「彼ももう居ないんですよ」
「・・・解ってるよ」
私の言葉にジャンは俯き呟きを漏らした。
肩に手を置けばそこが小さく跳ねる。
「私達2人だけなんです」
「高松、何が言いたいんだよ」
鈍感なこの男は私の気持ちに気付いてなどいないのだろう。
肩に置いた手に力を入れて相手を引き寄せ、身体を掻き抱くようにして腕の中へと収める。
「たか・・・」
ジャンは私の名前を呼ぼうとしてそれを止め、そのまま大人しく抱き締められる。
腕の中の彼は温かく、まるで作られた身体だとは思えなかった。
この身体にはちゃんと赤い血も巡り、物を食べ、考え、話もする。
人と何ら変わる所などは見受けられない。
「彼の話はもう止めにしましょう」
「どうして」
「もう居ないからです」
「居なきゃ話をしちゃ駄目なのか・・・?」
「私が居るでしょう」
ジャンの頭を抱き込み、柔らかな髪に頬を寄せて目を閉じる。
ジャンからの返事は返って来ない。
「私じゃ駄目なんですか?」
「駄目とかそういうんじゃないけど・・・」
ジャンは困惑したように言えば、悲しげに目を伏せた。
「忘れろと言っている訳じゃないんですよ。ただ・・・」
「ただ・・・?」
問い掛けられ、顔を上げた相手と目が合った。
ジャンの顔にはやはり困惑の色が浮かんでいる。
「やはり全部言わないと解りませんか」
また私の名前を呼ぼうと口を開いた相手に顔を寄せ、柔らかな口付けを落とした。
ジャンは目を見開き、私の服の裾をぎゅっと握り締める。
すぐに唇を離し相手の頬に手を添えてあやす様に優しく撫でる。
そうしたのは、ジャンが今にも泣き出してしまいそうだったからだ。
目尻には涙が浮かび、今にも零れてしまいそうだ。
「どうしてキスなんかするんだよ」
そう言った声はとても静かだった。
私は苦笑を浮かべ、今度は目尻に唇を寄せて零れそうな涙を舌先で掬い取る。
「ずっと、好きだったんですよ」
「どうして今更そんな事・・・」
ジャンは私の腕の中で泣き出してしまった。
今更という言葉に私は小さく溜息を零す。
言える訳がないでしょう。
彼と居る時のあなたはとても幸せそうで、私は遠くから眺める事しか出来なかったんですから。
「今だから言えるんですよ」
「でも、俺は」
「解ってます。でも、いつでも傍に私が居る事を覚えておいて下さい」
ジャンは返事を返すように私の背に腕を廻し、肩口に顔を埋めてから小さく頷いた。
私はジャンを抱き締めたまま空を見上げる。
空は雲が無い筈なのにくすんだ色をしているように思った、そして今にも泣き出してしまいそうに見えた。
高ジャンです。
高松片想いです・・・。
「彼」というのはサビ様でもパパでも他の人でも、読んだ方の頭の中に浮かんだ人でという仕様にしてみました。