「ただいま」と、俺の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
その懐かしい声が信じられなくて、聞き間違いじゃないのかと思った位だ。
俺はゆっくりと声のした方へと振り返った。
するとそこには、走って来たのか、息を切らせながら俺を見上げてくるジャンの姿があった。
「で、わざわざ尋ねて来たジャンを無視してしまったと」
「んだよ、仕方ねぇだろ・・・」
「何が仕方ないんですかね」
双子の弟と、旧友からの言葉が胸に刺さる。
おっさん3人が揃って屋上で煙草をふかす。そこには、会話で名前の上がった人物の姿は無い。
「ちゃんと出迎えてやれ」
弟のサービスに切れ長の目で睨まれる。
「そうですよ。一番逢いたかった相手にシカトされれば、いくら馬鹿で鈍いジャンだって落ち込みますよ」
長い黒髪を風に揺らめかせながら高松が言う。
「つってもよぉ・・・」
何て返したら良かったんだか・・・。
俺は頭を乱暴に掻いてから煙草を捨て、それを足で揉み消した。
「ただいま」と、言って俺に向けて笑顔を零していたジャン。
あの時「おかえり」なんて返して、抱き締めたりしてやりゃぁ良かったのか?
「そんな事キャラじゃないから出来ないって?」
俺の心を読んだかのようなタイミングでサービスの口から零れ出る言葉。
この魔女め・・・。
「あんな馬鹿でも傷付くんですよ。一番好きで逢いたかったであろう相手にシカトされるなんてね、折角25年振りにここに帰って来たというのに・・・」
「可哀想に」なんて業とらしく嫌味を言われて責められる。
しかし、確かに酷い事をしてしまったと自覚があるだけに俺は反論する事も出来ずに居た。
何も言えず、ただ口を噤んでこいつ等の言葉責めに耐える。
「さっきジャンが研究所に戻って来ましたよ。まだ落ち込んでる様子でしたけど、どうするんです?」
「どうする・・・って言われてもな」
「ハーレム、お前ジャンが逢いに来て、あれから何日経ってると思う」
「・・・一週間だな」
「いい加減、逢いに行ってやれ。あの馬鹿があんなに落ち込むなんて相当だ」
苛立ったようにサービスに言われる。そのサービスの顔を見遣れば、眉間に皺を刻んで綺麗な顔を不機嫌そうに歪ませている。
隣りに立つ高松へと視線を向けると、こちらからは冷ややかな視線を返される。
うわー、もう何だ。こえぇなこいつら。
心の中で思い口には出さない。
俺は小さく溜息を吐くと、二人に背を向けて歩き出した。
「何処へ行くんです」
「アイツんとこだよ」
「じゃあな」と、背を向けたまま二人に挨拶がてら手を振った。
背後からは、「やれやれ」「まったく世話の掛かる」などという声が聞こえて来たが聞こえない振りをしておいた。
俺が向かった先は帰って来たジャンに宛がわれていた研究室だった。
最初はノックもせずに扉を開けようとしていたが、この状況でそれもな・・・と思い、考え直して扉の前で一つ小さく咳払い。
そして緩く拳を作って閉ざされている扉を数回ノックした。
「開いてるよ」
あいつの声が聞こえて俺は柄にもなく緊張してしまう。
扉を開いて行けば、部屋の中央にはジャンがよれよれの白衣を着て立っていた。
俺が部屋へ入って後手で扉を閉めてから、やっとジャンはこちらを振り返る。
「あ、ハーレム・・・?」
「よ、よぉ」
片手を上げて挨拶をするもそれ以上会話が続く事は無かった。
部屋は耳が痛い位に静まり返り、俺には酷く居心地が悪い。
俺は相手の顔を見るのも躊躇って軽く俯き、どうしようか、何を言おうかと考えて、口を開こうとしたらジャンが先に声を発した。
「あのさ、ハーレムはさ・・・その、俺の事まだ許してくれてないんだよな」
え?と、俯かせていた顔を上げてジャンを見遣れば、何だかバツが悪そうな表情で目を泳がせている。
「25年前、蒼の一族を騙してここに居たし、サービスの目が無くなったのは俺の所為でもあるし・・・争いは治まったけど、でもやっぱり俺は赤の一族の者なんだし」
ジャンは喋りながらだんだんと頭を俯かせている。
疲れ切った白衣の裾を掴んでぎゅっと握り締めている手は微かに震えているように見えるのは気の所為だろうか。
「・・・俺、ここに戻って来ない方が良かったのかな。許される筈なんかないけど、でも、俺・・・逢いたくて」
聞こえて来る声はか細くて、最後の方は掠れてしまっていて聞き取るのも精一杯だった。
俺が相手に触れようと手を伸ばしたのと、またジャンが声を発したのは同時だった。
「もう、お前の隣りには他の人が居るのか?俺はお前の隣りに居る価値ももう無いのか?」
ジャンが顔を上げる。
俺は手を伸ばしているが相手に触れては居ない。
目線がぶつかれば、ジャンは泣きそうに顔を歪めた。
「ごめん、俺は25年前のあの日に消えてれば良かったんだよな」
無理矢理笑顔を作って言われた言葉に、俺は苛立ちを覚えた。
伸ばした手はジャンの胸倉を掴み、そのまま力任せに自分の方へ引き寄せた。
ジャンは俺の行為に驚きもせずに、泣きそうな顔に笑顔を作って張り付かせている。
「その顔やめろ」
「ごめん、どんな表情になってるか自分じゃよく解らないんだ」
「謝るな」
「うん、ごめん・・・」
苛々が頂点に達してしまいそうだった。
でもこの苛立ちはジャンが原因では無かった。俺はどうしようも無く自分の浅はかだった行為に苛立ちを感じていた。
「俺が恥ずかしいとか、緊張するとか、くだらない理由で無視したんだろうが!何でお前が謝るんだよ」
自分で自分が情け無い。
知らなかったんだ。
お前がこんなに悩んでたなんて、俺のプライドの所為でこんなに傷付けてしまってたなんて、知らなかったんだ。
「だって、俺はお前を一度は裏切ったんだから。お前を傷付けたんだから」
「俺は・・・!」
「だから、ごめん。って、こんな言葉じゃどうにもならないけど・・・」
ずっと謝りたかった。と、ジャンは呟いて顔をまた俯かせてしまった。
俺は胸倉から手を離し、ジャンの後頭部に手をそっと添えてからそのまま抱き寄せる。
「あの時は、確かにお前を恨んだりした時もあったけどな。けどもう終わった事だ、全部終わったんだ」
両の手でジャンを抱き締める、優しく、そっと触れないと壊れてしまいそうに思う位、今のジャンの雰囲気は儚いものだったから。
頭を抱き込んで柔らかな髪をかき上げて額にキスを落とせば、ジャンはゆっくりと顔を上げた。
「戻って来てくれて・・・その、なんだ、嬉しいし・・・俺の隣はいつだってお前だけの場所しかねぇし」
「本当か・・・?俺、お前の傍に居てもいいのか?」
「当たり前だ」
「そっか、良かった・・・ハーレム、ありがとう」
「・・・おう」
俺も「ありがとう」と伝えたかったんだが、やっぱり恥ずかしさが勝って口に出す事は出来ず相手の言葉に頷いた。
俺はジャンの頭を抱き込んだまま耳元へ顔を寄せ、小さく小さく呟いた。
「おかえり。もう何処にも行くな」
「うん・・・」
返事を返したジャンを見れば、満面に笑顔を零し、そして今にも涙を零しそうな位に目元が濡れていた。
傷付いて傷付けられて。
でももう終わった事だ、今度は傷付けない。
俺が絶対護るから。
ハレジャン。
何だか久々にハレジャン書きました。
うちのジャンは何だかとってもマイナス思考だー。