初恋クレイジー2

漆黒の髪の男が俺の下で悶えている。
俺は相手の手を縛り上げて組み敷き。
嫌がる声も聞こえないとばかりに、無理矢理身体を突き上げる。
黒髪の男は顔を背け、涙を流していた。
その涙に罪悪感を覚えながらも、身体を止める事が出来ない。
相手は身体を強張らせ、苦しげな声を上げている。
俺は、相手を抱き締めて名前を呼ぼうと口を開いた。

ピピピピピピピピピピピ!

耳元で機械音が鳴り響き、文字通り俺は飛び起きたのだった。



サービスの部屋に忍び込んだ日から一週間が経っていた。
あの日から、あの黒髪の男が頭から離れず。ついには、夢の中にまで登場する始末だ。

「しかも何だってあんな夢・・・」

俺はベッドの中、上半身だけを起こした状態で、寝癖がついた頭をガシガシと乱暴に掻く。
自分はあの男の名前も知らないというのに。
この感情は一体なんだというのだろうか。
あれから一週間、考え事の嫌いな頭で真剣に考えてみたが、答えは見つからないままだった。

今日は日曜日。うちの士官学校も例外では無く、休みである。

俺は時計を見遣り、そして外から聞こえてくる水音に舌打ちをしてベッドから下りる。
独りでは少し広すぎる部屋を歩き、そこらに散らばっている洗濯物から、乾いた薄手の黒のTシャツと寝る前に脱ぎっ放しにしていたジーンズを身に着ける。

俺の部屋は、サービスや他の連中とは違い個室として宛がわれていた。俺の気性の荒い性格を考えてのマジック兄貴なりの配慮なのだろう。俺も他人と関わるのは面倒な性質だったから、この部屋ばかりはマジック兄貴に感謝している。
独りの方が気楽で良い。

そうだ、独りの方が良い筈なのにどうして今、他人の事でこんなに悩まなければならないのか。
あんな名前も知らない男、早く忘れてしまおう。そうすれば、きっと楽になれる筈だ。
考えるな、考えるな!と思っている事自体が、既に相手の事を考えている事だという事に、はたと気付いてしまい。俺は声を荒げて部屋の窓を勢い良く開け放った。

「だーっ!!イラ付くっ!」

この正体不明の解らないものの所為で、苛々は頂点に達しようとしている。
全開にした窓の外では、結構な量の雨がしきりにザーザーと音を立てて降り注いでいた。
そしてふと下を見下ろすと(俺の部屋は3階にある)この大層な雨の中を走り抜けていく一つの人影が見える。
雨が強い所為で視界は悪いが、見覚えのある黒髪に思わず「あっ」と声が漏れた。

サービスと同室のあの男だった。

男は激しい雨の中を駆け抜け、そのまま寮の玄関の中へと姿を消して行った。
男の姿が寮内へと消えたと同時に俺はガバリと立ち上がり、何故かいてもたってもいられなくなり。そのまま部屋の外へと飛び出していたのだった。



俺は部屋を出て、何処へ行こうとしているのか自分でもよく解らない。取り合えず足に運ばれるまま、長い廊下を歩いて行く。
無意識に向かっているその先はサービスの部屋だった。

そして部屋の扉の前では、黒髪の男が身体中から雨水を滴らせて途方に暮れている姿が目に入る。
俺はそのままズカズカと相手の近くへと足を運んだ。

「おい」
「あ、え?誰?」

ぶっきらぼうに声を掛ける。
男は少し驚き、そして隣に立っている俺に気付くと顔を上げた。

「・・・あっ!」

顔を見て、男は一歩後退る
一週間前の出来事を考えれば、当然といえば当然の反応だろう。
しかし俺はそんな相手の反応に構わずに口を開く。

「お前ずぶ濡れじゃねぇか。部屋の鍵は?」
「あ、サービスが居ると思って持って出なかった・・・」

不覚、とばかりに男はがっくりと項垂れる。そうして動く度に雫がぽたぽたと止め処なく零れていっては床に染みを作った。
こいつはこのまま放っておくときっと風邪をひくに違いない。

「おい、お前俺の部屋に来い。そのままじゃ風邪ひいちまうぞ」
「お言葉は嬉しいけど、気持ちだけで充分デス。遠慮しとく」
「うるせぇ。つべこべ言わずに来い」

男の手を無理矢理掴むと、一瞬怯んだが諦めたように肩を落とし。そして歩き出すと、大人しく一緒に付いて来る。

「お前名前は・・・?」
「・・・ジャン」

そのままそれ以上の会話は無いまま、ジャンを引っ張り自分の部屋へと戻る道を二人で黙々と歩き続けた。
俺は、やっと知ることが出来た相手の名前を頭の中で幾度も繰り返していた。




自分の部屋に戻ると、床が濡れる事も構わず。ジャンの手を掴んだまま室内へ入った。
部屋の真ん中で相手を待たせ、洗面所へ向かう。そこにストックしてあるタオルを持って行くとジャンに向かって投げる。

「ありがと・・・。そういや、俺あんたの名前聞いてない」
「あ?俺はお前と同室の男、サービスの双子の兄弟のハーレムだ」
「あんたがハーレムか」

成る程、という口振りである。
ジャンの方は、俺の名前は知っていたようだった。きっとサービスから聞いたのだろう。

「取り合えずタオルで水を拭け、風邪をこじらせたくはねぇだろ」
「あ、うん」

ジャンは俺の言葉に素直に頷くと、タオルを頭に被った。
相手が水滴を拭う仕種を、ベッドに座ってぼんやりと眺めてみる。

ジャンの身体を打った雨の量は結構なものだったようだ。頭から足先までずぶ濡れになっている。学校で支給された白のカッターシャツを身に纏っているが、濡れて素肌に張り付き、肌が透けて見えている。髪先からは雫が幾つも落ち、頬や首筋胸に水滴が線を引き道を作って伝い落ちていった。
その何とも艶やかな出で立ちに、俺の心臓がドクンと大きく跳ねるのが解る。その鼓動が、段々と早く、強くなっていく。
マズイな、部屋に連れて来たのは間違いだったのかもしれない。

「・・・サービス何処行っちゃったんだろ」

ぽつりと、本当に淋しげに呟くものだから。
濡れて透けているシャツとか、濡れた髪とか唇とか、雨の雫とか、色んな物が相まって。俺の頭の中はぐちゃぐちゃになってしまっていた。

身体が勝手にジャンに向かって動く。

そう思った瞬間には、俺はジャンを自分の腕の中に強く抱き締めていた。

「ハーレム!?」

相手の驚いた声が聞こえるが、もう止める事なんて出来なかった。





Next





獅子舞様ご乱心。
そしてやっとジャンの名前が出ましたw
獅子舞の初恋は実るのか・・・!?←アホだ