忙しい忙しい。
何でこんなに忙しいのか解らなくなる位、毎日が目まぐるしく過ぎて行く。
研究成果とかレポートとかに追われながら、俺はふと思い出す。
もう何ヶ月あの人とまともに会ってないだろうかと。
「ちょっと、邪魔ですよ」
PCの画面を見つめ続けてくたばりそうになっていた俺は、ソファでごろりと横になって休憩中。
そうしていたら、頭上から耳慣れた声と共に長い黒髪が降ってきた。
疲れていたため閉じていた目を開けば、コーヒーを片手にソファの傍に立つ高松の姿があった。
「邪魔って、疲れてんだからちょっと位横になったっていいだろ?」
「駄目です。あんただけのソファじゃないんですよ」
ほら、起きなさい。
と、動物を追い払うかのように掌をひらひらと振られてしまった。
俺は犬か猫のような扱いである。
まぁ、いつもの事だから別にいいんだけど・・・。
そう思ってから、軽く溜息を吐いて仰向けに寝ていた身体を起こした。
ソファの背凭れに深く凭れて座れば、隣に高松が腰を下ろす。
コーヒーの良い香りが鼻腔をくすぐる。
「で。何落ち込んでるんです?」
「何でそう思うんだよ」
「何でって、気付かれてないとでも思ってたんです?」
「・・・思ってた」
「馬鹿ですね」
喋っていると、どんどん自分が不利になっていってる気がする。
これ以上何かを言っても無駄だろうと考えた俺は、馬鹿と言われたが反論しない事で抵抗してみる。
「最近マジック様と逢ってないんでしょう」
「・・・うっ」
あの人の名前を出されると、弱い。
確かにずっと逢えてないわけだったから、俺は思わず、素直に首を立てに振ってしまっていた。
そんな俺の様子を、高松は肩を竦めて見ていた。
「逢いに行けばいいのに」
「忙しいんだよ。マジック様だって、忙しいだろうし」
「あの人もう隠居してんですから、前程忙しいとは思いませんけど」
何かあげ足取られてる?
高松と喋るといつもこうだ、結局言い負かされてしまって最後にはぐうの音も出ない。
俺はまた黙り込んで、隣に座っている高松の肩へと手を置くと、そのまま力を込めて押す。
「ちょっと、コーヒー零れるでしょうが」
「俺本当に疲れてんだから、ちょっと寝かせてくれよ」
頼むから。と、付け足して言えば。高松は、やれやれと言った様子で立ち上がった。
俺は広くなったソファにごろりと寝転んだ。
仰向けになってふと上を見れば、高松が飽きれたような顔でこっちを見ている。
「あんだよ」
「別に。ま、倒れない程度に頑張りなさい」
「倒れねーよ」
「気が向いたら差し入れでも送りますよ」
コーヒーの入ったカップを片手に高松は自分の研究室へと戻って行った。
部屋から人の気配が無くなり独りになれば、ドッと荒波が押し寄せるように疲労感が襲ってくる。
ちょっとだけ仮眠を取ろう。
そう思って、俺はソファに仰向けに寝転んだまま目を閉じた。
俺の背には少し小さいソファは足先が幾分かはみ出てしまっていたが、そんな事を気に留める余裕も無い。
少し眠って、起きたらまた仕事を頑張って、さっさと終わらせてあの人に逢いに行こう。
そんな事を考えている間に物凄い睡魔が襲って来た。
仮眠で済むだろうか・・・?
薄れ行く意識の中で俺はそう呟き、そのまま暗闇へと落ちるように意識を手放したのだった。
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