過去と未来

「大丈夫です」と、黒髪の男は言う。

「きっと作られた時に、そういう感情は欠落して出来たんだと思います」

あっけらかんと言っている黒髪の男の前には、対照的な毛色を持った金の髪の男が立っている。
金髪の男は、黒髪の男からの言葉を聞いて、何やら申し訳なさそうな表情を浮かべている。
黒髪の男は、へらりと力の入らない笑みを零して金髪の男を見上げていた。

「大事な相手が変わったってだけですよ。俺の心配なんてしないで大丈夫ですから、早くあいつのとこに行ってやって下さい」

黒髪の男は金髪の男に背を向け、屋上に設置されているフェンスに指先を絡める。
そして一呼吸置いてから、振り返らずにこう言った。

「シンタローが、貴方の事待ってますよ。あいつは今まで沢山苦しんできた、だから幸せにしてやって下さい」
「ジャン・・・すまない、私は」
「マジック様、待たせると怒られますよ?」

マジックはジャンに触れようかと手を伸ばそうとしたが、どうしても振り返ろうとしない相手に気付きそれを止めた。
伸ばしかけた手を引くと、ジャンに背を向けて扉へと向かう。

「ジャン、すまない。ありがとう」

ジャンは返事をしない代わりに背を向けたまま一度頷いた。
マジックはそれを見届けると、謝罪と礼を言い残して今居る大事な人の所へと行ってしまった。
相手の気配が完全に消えてしまうのを確認してからジャンは振り返り、フェンスに背を預けるとその場にずるずると腰を下ろしてしまった。
冷たいコンクリートに座り込むと空を仰いだ。

空は青々として、雲一つ無く快晴そのもの。

「綺麗だ」

ジャンは小さく呟いてから太陽の眩しさに目を細めている。

あの島で出会ったのは、実に25年振りの事だった。
姿を見た時はただ純粋に嬉しかった。けれど、その時もう既にあの人の隣りに俺が立てる場所は無くなっていた。
直接聞いた訳じゃなかったけど、シンタローへ向いている眼差しとか、言動とか行動とか、息子以上に大事な存在なんだなと気付かされて。
でも島は大変な状態で、ショックなんて受けてる暇も無かった。

「というか」

ショックだったのかどうか、ジャンは自分でよく解らなかった。
今でもマジックの事は好きなのだが、自分があの人の隣りに居る程の存在じゃなくなったんだろうとジャンは思っていた。

「まぁ、一度は死んだ身だしな・・・」

赤の秘石に作られた身体が壊された事があるが、意識が死んだ訳では無かったからまた身体を貰って舞い戻る事が出来た。
それが自分にとって、良い事なのか、悪い事なのかは解らないが。
とにかく、裏切り行為をして、それがルーザーに見つかり殺されて、当然傍に居るなんて事は不可能になった。
だが、その間にマジックの息子として生まれたシンタローがマジックの心を癒し、今一番マジックの傍に居る事を許されている。
大事にされていた対象が自分では無くなっただけの事。
人の気持ちは移り変わる、俺は死んでしまっていたのだから仕方ない、と自分を納得させようとしたが、胸元には違和感が残る。
痛いとか、辛いとか、悲しいとか、そういうのじゃなくて。
胸にぽっかりとでかい穴が開いたようだとジャンは思う。
ただ穴が開いているだけ。その穴の周りがちょっともやもやとするだけ。
先程、マジックに『大丈夫です』と返した。それは本心であり本心じゃない。
だって、『大丈夫』なのかどうか、自分でもよく解っていないのだから。
だから、言葉を誤魔化して『そういう感情は欠落している』のだとも言った。そんな言葉、相手はきっと信じてはいないだろう。

「・・・よく解んねぇな」

未だに空を見上げたままに、くたくたの白衣の胸ポケットから煙草を取り出してそれを咥えた。
同じ場所からジッポを取り出せば煙草の先端に火をつけようとした時だった。
屋上への出入り口の扉が、ガチャリと金属音を立てて開き、そこからまず最初に金の髪が覗いた。
そして、すらりとした長身の男が扉をくぐり屋上へ足を置いた。
男は、ルーザーの息子。キンタローだった。

キンタローは座りこんで煙草を咥えて自分を見上げるジャンを見つけると、つかつかと近付い来て、相手の横に立ち。
フェンス越しに遥か階下を見下ろしながら口を開いた。

「何をしているんだ?」
「へ?何って、別に。天気良いなぁって、煙草吸おうかなぁって思って。キンタローこそ、どうしたんだ。屋上に来るなんて珍しい」
「別に、ちょっと風に当たりたくなっただけだ」
「ふぅん」

ジャンはジッポの蓋を指先で弾いて開き、煙草に点け忘れていた火を灯してから立ち上がり、キンタローの隣で同じようにフェンス越しに階下を見下ろした。
そこには、先程まで自分と喋っていたマジックの姿と、黒髪の総帥、シンタローの姿があった。
二人は何処かへ移動している最中のようだった。
マジックは元覇者だった頃の面影は何処へ?という位に緩みきった表情を零している。
対してシンタローは、傍を歩く相手を邪魔そうな仕草で扱っているが、表情はやはり嬉しそう。

(幸せそうだなぁ)

ジャンがそう思っていると。

「あの二人、幸せそうだな」

どうやらキンタローも同じ事を思っていたらしく、階下の二人を見下ろしながら小さく呟きを漏らしている。
横目で相手を見遣れば、視線は二人を追ったまま。瞳の色は綺麗な蒼なのに、ジャンの目には酷く悲しげな色に映った。
相手の目線の先をジャンも同じように追ってみる。辿り着いた先は、二人というよりシンタローの方だろうか。
マジックの言葉に一喜一憂している様子のシンタローを見る度、キンタローの眼差しは悲しげなものに変わっていく。

(ああ、そうか)

ジャンはマジックを見つめながら苦笑を漏らす。

(キンタローも俺と一緒なのか)

シンタローを見る眼差し、それが全てを語っていた。






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キンジャン始動・・・です!
片想いという設定がちょっと書いてて楽しいです。