過去と未来3

自分の背中に当たるのは安っぽいソファの少し固い感触、目の前にはさらさらの金の髪。

(やっぱり一族揃ってみんな綺麗な金色なんだな。でもあの人の髪以外をこんなに間近で見るのは初めてかも)

ソファに仰向けになり、覆い被さるようにキンタローが身体を抱き締めている中、ジャンは何だか自分の身に起きている事を他人事のように思いながらそんな事を思っていた。
キンタローはジャンを抱き締めたまま、肩口に顔を埋めていて動かない。
ジャンはそんな相手の背に腕を廻し、優しく何度も撫でてやっていた。
すると、肩口に顔を埋めたままくぐもった声で問い掛けられる。

「どうして、俺にあんな事したんだ」
「あんな事?───ああ、キスの事か?」
「そうだ、どうしてキスしたんだ」

肩口から顔を上げ、至近距離でジャンを見下ろす顔は困惑しているようだ。
無理も無いのかもしれない。
25年間、ずっとシンタローの中に居て外の世界を全く知らなかったのは極々最近の事で、やっと外に出て初めて恋をしたのは自分を25年も縛っていた相手。
しかしその初恋も叶わず、あの二人を見ては切なげな表情を浮かばせていたり、シンタローに似ているからと無意識にこの部屋に来てしまっていたり。
ジャンはそんなキンタローの事が何だか放って置けなくて、悲しい顔をして欲しくなくて、そう思って何故だか無意識に相手にキスをしてしまっていた。

(俺で良ければって・・・思っちゃったのかな)

仰向けのまま手を伸ばせば、キンタローの頬に添える。そうして、優しく数回撫でてから小さく微笑みを漏らす。

「元気になるかなーと思って」
「どうして元気が無いと思ったんだ」
「だってさ、シンタローの事。好きなんだろ?」
「どうして解るんだ」
「どうして・・・って」

(あ、気付いてないと思ってたんだ)

相手の返答や目を丸くした表情を見て、思わず笑ってしまいそうになるのを必死で耐える。
悪い事したかも、と思いつつ。頬に手を添えたまま相手を見上げた。

「ほら、お前もよく似てるって言っただろ。だからさ、替わりに・・・って言ったらあれだけど。あ、でも似てると逆に嫌になるもんかな」
「替わり・・・って、お前はそれでいいのか?」

自分の事を気遣う言葉にジャンは緩く笑んでいる。

「キンタローが嫌じゃなければ、俺は全然大丈夫だし」

そう言ったと同時にジャンの身体は軋みそうな程強く抱き締められていた。





自分の衣服を剥がそうとする手はその動きに慣れておらず、ボタン一つ外すのももたついている。

安い革張りのソファは固くて背中が痛くなりそうだったから、別室に備え付けられている仮眠室へと移動した。
本当に、何から何まで揃えてもらっている。
この部屋は、もう研究室以上の設備だった。その気になればこの部屋に住む事だって出来る位だ。
ベッドへ二人で倒れこめば、大の男二人分の体重にスプリングが悲鳴を上げるように軋む。
先程ソファでしていたように、ジャンが下になり、キンタローが上に居て暫く二人でじっと見詰め合った後にジャンが微笑んで相手へと手を伸ばし、頬を両手で挟むように優しく包み込んでからそっと唇を重ねた。
二度目のキスにはキンタローも先程のようには驚かず、ジャンを抱き締めてから稚拙なキスを返す。
そうしてから相手から一度顔を離すと、またじっと見詰め合った後にキンタローが口を開いた。

「本当に、いいのか?」
「そんなに緊張するなよ。練習と思えばいい、そしたら少しは気が楽だろ?」
「練習なんて軽々しい行為なのか?」
「いいから、お前気にし過ぎ」

しかし、とまだ何かを言おうとする相手の後頭部に手を廻して引き寄せると三度目のキスをして、相手の唇をなぞるように軽く舌を這わせると軽く啄み顔を離す。
キンタローは普段はあまり表情を表に出さないのだが、今日ばかりは違っていた。
ジャンからの積極的な行動に、既に頬を赤く染めてどうしたらいいのかと困り顔。
ジャンはそんな相手の反応が珍しくて、相手を翻弄しているのが自分だと思うと嬉しくなってしまっていた。

(あの人は俺からけしかけたって、狼狽えたりする事無かったな)

ふと浮かんだのは別れを告げられた相手の姿。
いつも余裕を見せていた大好きだった人の姿。

「ジャン?」

不意にピタリと動きを止めてしまった相手に、キンタローは不思議そうに問い掛ける。
問い掛ける時に微かに揺れた金色の髪、マジックとキンタローは似てない訳ではない、かと言ってジャンとシンタローのように酷似している訳ではない。
よく似ている所があるとすれば、それは光を受ける度に眩しく輝く金の髪であろうか。

今は、夕陽が今まさに落ちようという時間帯で、窓からは薄めのカーテンを透かすように光が入って来ている。
その光がキンタローの髪を輝かせ、ジャンは眩しさに一瞬目を閉じた。光に眩んだ目を数秒休ませるように目を閉じたままでいると、またキンタローが声を掛けて来る。

「おい、大丈夫か?」
「うん、ちょっと、夕陽が眩しかっただけだから」

平気、と付け加えるように言ってからジャンはゆっくりと閉じた目を開いていった。
そして一瞬その目に映ったのは、目の前に居る人物とはそんなに似通って居ない筈の人の姿。

「あ、マジック様・・・?」
「ジャン、何を言ってるんだ?」
「え?あ、あれ?」

相手の声に瞬きをして、次に視線をまた相手に戻した時には、マジックの姿などは既に見えなくなっていた。
ジャンは驚きを隠せない様子で、何度も目を擦ってはキンタローの事を眺めて目を瞬かせている。

(おかしいな・・・ルーザー様の子なんだから、そりゃ血の繋がりもあるけど。でも、マジック様に似ている程じゃないのに)

どうしてキンタローがマジックに見えてしまったのか、結局ジャンには解らず仕舞いだった。
ジャンが不思議そうに首を傾げていると、手が伸びて来て頬にひやりと冷たい指先が触れた。それはキンタローの手で、それに気付いたジャンはようやくはっとしたように相手を見遣る。

「あ、ごめんな。何で見間違えたんだろうな、別に似てる訳でもないのにな」
「やっぱり、止めた方がいいんじゃないか」
「何言ってんだよ、ちょっとボケちゃってただけだっつの。平気だよ」
「別に無理にこんな事をしなくたっていいのに、どうしてそんなに意地になっているんだ」
「別に、意地になんかなってねぇって」
「そうか?俺にはそう見える」
「・・・なってねぇよ」

ジャンは意地になっているつもりはないのだが、キンタローにはそう見えてしまうらしい。
「とにかく」と、声を上げて、自分の頬に触れている相手の手に手を重ねる。

「無理なんてしてない、だからこれ以上何も言うな」
「・・・解った」

キンタローは相手の言葉に頷き、ゆっくりとジャンに覆い被さって行った。







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キンジャン続き。
か、片想い書くのが楽しいです。どうしよう!(どうもせんでいい)